2013年09月13日

本物を育てる 〜教えない教え〜

私立灘中・高校の元国語教師で、
小説「銀の匙(さじ)」を
3年間かけて読み込む独特の授業で知られた
橋本武氏が11日ご逝去されたと報道で知り
謹んでご冥福をお祈りいたします。

ということで、
今日は『本物を育てる 〜教えない教え〜 』というテーマで
書いてみたいと思います。

まずは夕刊フジ2011年9月1日号から
引用させていただきます
-------------------ここから-------------------
本当の教え 本物の育て
灘高を東大合格日本一に導いた
伝説の国語教師 橋本 武

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≪国語はすべての教科の基本です。
“学ぶ力の背骨”なんです≫

詰め込み教育による、
身につかない学力、
その反対に、ゆとり教育による学力低下など、
さまざまな問題が教育界で起きている今、
話題の本がある。

「奇跡の教室 エチ先生と『銀の匙』の
子どもたち」。

本の主人公は、灘中、高校で
伝説の国語教師といわれた橋本武氏。

現役時代、髪型と輪郭が当時の
エチオピア皇太子に似ていたので、
通称・エチ先生だ。

エチ先生は今年で99歳。

1962年に教え子の52人を
京都大学に合格させ、
灘高校は京大合格者数日本一の
快挙を達成した。

68年には132人が東京大学に合格し、
私立初の東大合格者数日本一となった。

当時の生徒たちは受験を
「へっちゃら」だと思っていたそうだ。

「授業で水準以上のことをやっていたので、
生徒たちに心のゆとりが
あったのだと思います。

これこそ本当の
“ゆとり教育”ですね」と
エチ先生は愉快そうに笑う。

教え子たちは難関校に合格するだけではなく、
その後、東大総長、最高裁事務総長、
県知事などになって活躍している。

その原動力となったのは、
驚くべき内容の授業だった。

エチ先生は、授業で教科書を一切使わず、
1冊の薄い文庫本「銀の匙」(中勘助著)を
3年間かけて読み込んでいった。

一言一句を丁寧に読み解き、
主人公と同じ気持ちになるように、
小説に出てくる駄菓子を教室で
食べたりもした。

「生徒たちが勉強をやらされていると
思わないで、自然に力がつくように
工夫しました」

授業では毎回、エチ先生お手製の
ガリ刷りのプリントが配られた。

そこには、生徒たちの抱く疑問に
ピンポイントで応え、
「銀の匙」を身近な話として
読み進めるヒントが
ちりばめられていた。

プリントは生徒たちに
大変人気があったようだ。

「プリントを抱えて教室に入っていったら、
拍手で迎えてくれる生徒までいました」

その結果、教え子たちに行った
「国語は好きか?」というアンケートで
「好き」と答えた生徒は、
95%にもなった。

それに伴い生徒たちの学力も伸びた。

まさに“好きこそ物の上手なれ”だ。

授業で「銀の匙」を3年かけて
読み込ませたのには、理由があった。

本物=質の高いものを徹底的に吸収することが、
その後の基礎を作るという考えからだ。

それにより、観察力、判断力、推理力のほか、
分からないことを調べるというタフさなどを
身につけることができた。

「奇跡の教室」で、
エチ先生はこんなことを言っている。

≪すぐ役立つことは、
すぐに役立たなくなります。
(中略)少しでも興味を持ったことから
気持ちを起こして、
どんどん気持ちを掘り下げて欲しい。
(中略)そうやって自分で見つけたことは、
君たちの一生の財産になります≫

エチ先生は34年に
東京高等師範学校を卒業し、
同年、旧制灘中学校の国語の教師となった。

初代校長の眞田範衛氏に
「公立中学にはできない面白いことが、
ここなら自由にできます」と言われ、
やる気になった。

教師になったことで、
エチ先生も学んだことがある。

「相手の気持ちになって行動することの
習慣がつきましたね。

教育とは、生徒たちとのコミュニケーションと
信頼関係がとても大切なんです」

だからこそ、今の教育に対しては、
疑問に思うことも多々あるようだ。

「今の先生たちは『残業代よこせ』などと、
労働者意識が強くなってきていますね。

教師とは人間を育てる
“聖なる仕事”だという気持ちが
なくなってきています」

子供を持つ親に対して、
アドバイスもある。

「子供にかまいすぎないほうがいいですね。
子供には子供の自由があるので、
したいことをやらせたほうがいい。
成績が悪くても、
卒業後に伸びる子もいるので、
長い目で見たほうがいいです」

教え子たちが今も活躍し続けているのは、
エチ先生の“長い目で見る教育”の
賜物なのだろう。

ちなみにエチ先生自身も
自分の本を読んで思ったことがあるという。

「自分の授業が生徒たちに
どのように受け止められていたのかを
確認できてうれしい。
本が出る前に死んでいたら、
『良かった』と言われても、
あの世では分からないですしね。
長生きでよかった」

これからもずっとお元気で!
-------------------ここまで-------------------

それともう1つ紹介したいので
夕刊フジ2006年2月26日号から
引用させていただきます
----------------------ここから----------------------
人間7分、学力3分
ニッポンのエリートの“背骨”鍛えた入江塾の遺訓

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昭和40年代から50年代にかけ、
灘高をはじめ超難関校に
多数の生徒を送り込んだ大阪の
進学塾「入江塾」の塾頭、
入江伸さん=本名・功二=が20日、
肺炎のため88年の生涯を閉じた。

「人間7分、学力3分」の信念から、
徹底したスパルタ教育で、
勉強以上に人間の内面を鍛えた。

官僚や政治家、医師ら数千人の門下生が、
今も慕う“鬼軍曹”が遺したものとは・・・。

22日午後、
大阪市内の寺院で営まれた告別式には、
約200人の門下生ら関係者が
全国から駆けつけた。

「知っている限りでは、
あんなに信念を持って人生を全うした人は
ほかにいない。
本当に誇りに思います」と、
長男で会社員の悟さん(41)は目を腫らした。

悟さんも父に学んだ一人。
「どうなんだ」「謝れ!!」。
授業中の叱咤に疲れ、自宅に戻ると、
合宿する塾生が“占拠”。
家族の時間が持てず反発したのも、
今は貴重な思い出という。

入江さんは関西大哲学科卒業後、
府立阿倍野高校で国語教師を務め、
その後、通信教育の添削を始めた。

的確な指導が評判を呼び、
昭和32年、数人の生徒が自宅に集まり、
「伸学社」(通称・入江塾)が生まれた。

常に1,2学年上級の教材を使う手法で、
当時定員50人の灘高に、
多い年で33人、
平均20人前後を送り込んだ。

塾生が飛行機で全国の有名校を
掛け持ち受験する姿は全国に知れ渡り、
毎年700人超の生徒が集まった。

だが、入江さんが重んじたのは
学力以上に人格面。

「謙虚、貪欲、明朗」の3つだった。

「問題を間違えても大して怒らないが、
時間を守らないとか礼儀とか生活面のミスには、
とにかく怒った」とは、
元塾生で“うどんすき”の登録商標で知られる
「美々卯」の薩摩和男社長(54、灘高ー東大)。

ある日、トイレのスリッパが乱れていたのを
目撃した入江さん、
「片付けができないものが
勉強する資格はない」と激怒。
数日間、授業を中断した。

そんなこともしばしばだった。

一方で、西田猛衆院議員(大阪9区、灘高ー東大)は、
「『奥の細道』の授業でも、
細かい文法とかは二の次に、
文章から見える松尾芭蕉の心境を
一晩中語るんです。
勉強よりも物の考え方を教わった気がします」。

西田議員と同級生だった、
コメディアンのラサール石井さん(ラサール高ー早大)も、
「先生との出会いがなかったら、
今の僕はなかった」と語る一人だ。

そうした考え方をまとめた著書
「入江塾の秘密」(祥伝社、49年)は、
受験戦争過熱期とも重なり、
17万部のベストセラーに。

「本を書いていた頃は徹夜の連続。
あの体力、集中力は驚異だった」と語るのは、
国交省近畿地方整備局の
藤本貴也局長(灘高ー東大)。

しかし、そんな徹底ぶりがストレスとなり、
60年に脳梗塞を発症。

さらに入江塾のテクニックだけを利用した
“功利主義”の学習塾が増えたことに
嫌気がさし、翌年に閉鎖。

その後は、後遺症に悩まされたが、
門下生の見舞いには
「仕事はうまくいっているか」など
筆談で励まし続けた。

今月に肺炎を起こし、
容体が急変。

最期は、やはり門下生が理事長と院長を務める
大阪市内の病院で迎えた。
----------------------ここまで----------------------

こういうのを読んで痛感させられるのは、
自分が学生時代のときもそうですし、
今もそうですが、
日本の学校教育のゴールって
良い大学に入れることで、
社会で活躍できる人財を育てるところまでを
ゴールにしているところが少ないと私は感じます。

だから大学受験に必要なものだけが重要視され、
それ以外は軽視された結果、
テストやレポートでは良い点数が取れる、
マニュアルに書かれたことだけはできるという
外見だけは飾れて体裁をよくすることはできても
人間として根本的に必要なものが
欠如しまっているので、幼児化した大人が
増えてきてしまっているのでないでしょうか!?

『水をやり過ぎた木は枯れる』という
ことわざがブラジルにはあるそうですが
過保護にしてきたツケが
いま回ってきているように
私は感じてしまいます。

たとえば小学校の徒競走で
最後はみんな止まってゴールするとか
競争を経験させてこないから
出社(仕事)はムリだけど、
旅行や趣味はOKというような
新型ウツまで出てきているのではないでしょうか!?

『人間は苦痛を避け、快楽に向かう習性』が
ありますからね・・・。

さて、たとえば、小学校の徒競走で
最後はみんな止まってゴールした子どもたちが
この行為を経験したことによって
その後の人生にどのように影響を及ぼしたのかの
追跡調査を日本はしているように感じませんが、
アメリカでは、たとえば例1⇒こちら
例2⇒こちら
という感じで、どういうことが
その後の人生にどのように影響を及ぼすか
追跡調査をして社会にそれを還元して、
その循環が社会や教育を育てているように
私は感じます。

これがアメリカと日本の違いの1つかもしれませんひらめき

しかし日本では、小学校の徒競走で
最後はみんな止まってゴールすることが
今後の人生に好影響だったのか
悪影響を及ぼしたのか
そういう追跡調査をしていれば
1回目や2回目の追跡結果がもう出てもいい頃なのに
聞いたためしがない。
そういう追跡調査は時間を要するし
手間暇がかかることですが、
そういう手間暇こそが
明日の日本を創るのではないでしょうか!?

さて、今度は2013年6月10日のINSIGHT NOWより
引用させていただきます⇒原文はこちら
-----------------------ここから----------------------- 
日本人は教えられすぎている
村山昇(キャリア・ポートレート コンサルティング 代表)

方法やプロセスはその人そのものを写す。

方法やプロセスにかけた厚みこそ、
その人の厚みになる。

だから私たちは安易に教わりすぎてはいけないのだ。


「日本人は教えられすぎています」。
───こう語るのは、キング・カズこと
プロサッカーの三浦知良選手だ。

彼は加えてこうも言う。

「教えられたこと以外の、
自分の発想でやるというところが
ブラジルよりも遅れています」
(いずれも『カズ語録』より)。


米メジャーリーグ野球では、
コーチのほうから選手にあれこれ指導しないと聞く。
選手のほうからコーチに具体的に
はたらきかけてはじめて、
コーチが技術やメンタルを改善するための
ヒントを与えるのだという。

このことは米国の大学院に
留学経験のある私もじゅうぶんに理解できる。

授業内容は研ぎ澄まされてはいるものの、
どちらかというと淡々としている部分も多い。

短い在学期間のなかで、
ほんとうに自分の研究したいこと、
成就したいことのために、
大学教官の知見を引き出したり、
協力を仰いだりするのは
なんといっても授業外だ。

授業外でどれだけ彼らを活用できるかが
学生の優秀さでもある。

教官に教えてもらうのを待つというより、
こちらから能動的に引き出す、
活用するというスタンスが強い。


ひるがえって日本の企業研修の現場。
研修を行った後に、
受講者からの事後アンケートを見せてもらう。

どこの企業でも少なからず見受けられるのが、
「もっと方法を教えてほしかった」
「技術論が少なかった」
「具体的にどうすればよいのでしょう」といった
ハウツー要求の意見だ。

私の行っている研修が
「知識・スキル習得型」のものであれば当然、
そのあたりのことは伝授しなければいけない。

しかし私の分野は
「仕事観・働く自律マインド醸成型」研修である。

自分の仕事の意味を
どうすれば見つけることができるか、
自律的な人間になるための術は何か、
幸せに働くための方法はどうかなどを
教えることなどできない。

もちろん、そうしたテーマに対し、
どう心を構えていくか、
どう内省・思索するか、
どう行動で仕掛けていくかのヒントは
研修内でいくつも与えたつもりである。

しかしそれでも技術的なハウツーにまで
落として教えてほしいという(不満ともとれる)声は必ず出る。

困ったことに、
人財育成担当者のなかには、
そうした不満の声による研修の低評価を
そのまま受け入れ、
「では来年度はもっと方法・技術論を
教えてくれる先生に任せよう」と
考え違いする場合があることだ。

「そんな処世術めいたことを
安易に欲しがる社員をうちは増やしたくない!」くらいの
毅然とした親心の評価眼で、
そうしたアンケート回答に
なびかない担当者が増えてほしいものだ。

いずれにせよ、
「よりよく働くこと・自律的に
職業人生を切り拓くこと」のやり方は、
自分自身が見出さねばならない。

その方法・プロセスこそ、
その人の人生そのものだし、
自らが抱く価値の体現だからだ。

そこの部分は、時間がかかろうが、
不器用だろうが、まわり道をしようが、
自分でもがいて築いていくしかない。

書店に行けば、
「3日間で人生を変える魔法の●●」式の
指南本がたくさん出ている。

確かに、その中には有益なことも
書かれているだろうが、
そうしたものに頼っても
“Easy build, easy fall”
(お手軽に出来て・容易に崩れる)の域を出ない。

人生の成功を即効的に刈り取りたいという考えに
疑いを持つ人でないかぎり、
深い生き方には入り込んでいけないと思う。


芸術品や工芸品を観るとき、
作品という成果のみに目がいきがちだが、
私はつくり手の創作プロセスや方法に興味がわく。

そこを知ることによって作品の味わいが
格段に深まるのは言うまでもないが、
「生きる・働く」うえでの力をもらえるからだ。

すごい作品というのは、
技術や発想がすごいというより、
そこに達するまでの自己との戦いや鍛錬、
執念の物語がすごいのだと思う。

そのプロセスの一切合財が
いやおうなしに作品や技術に宿るからこそ
緊迫感のある名品が誕生する。

いま濱田庄司の『無盡蔵』(むじんぞう)を
手元に置いて読んでいる。

濱田庄司といえば、
ありふれた日用雑器の焼きものだった益子焼(栃木県)を、
世界にその名を知らしめるレベルにまで高めた陶芸家である。

濱田は陶芸を英国で始め、沖縄で学んだ。

36歳のときに益子に移り住み、
以降40年以上そこで作陶人生を送る。

実は益子の土は粗く、
焼きものに最上のものとはいえない。

それを知った上で濱田はそこに窯を築いた。

なぜか。

濱田はこう書いている───

「私はいい土を使って
原料負けがしたものより、
それほどよくない土でも、
性(しょう)に合った原料を生かしきった仕事をしたい」と。

窯にくべる薪は近所の山から伐ってくる。
釉薬(ゆうやく・うわぐすり)は
隣村から出る石材の粉末で間に合わせる。
鉄粉は鍛冶屋の鋸くずをもらってくる。
銅粉は古い鍋から取る。
用筆は飼っている犬の毛から自分で作る───

その考え方・やり方こそが濱田そのものなのだ。

真の創造家は、
創造する方法を生み出すことにおいてさえ創造的である。

今日の益子焼を代表する色といえば、
柿色の深い味わいをもつ茶褐色である。

これは“柿釉”(かきぐすり)と呼ばれる釉薬を
使用することによって生まれるのだが、
その柿釉をつくり出したのは、
ほかでもない濱田だ。

気の遠くなるような材料の組み合わせや方法のなかから、
思考錯誤を繰り返し、ついにこの柿色にたどり着いた。

しかも釉薬の原料は先ほど触れたように、
隣村からもらってくるのだ。

また、濱田の代表的な技法のひとつとして
「流し掛け」というのがある。

濱田は成形した大皿を左手に持ち、
右手にはひしゃくを持つ。

ひしゃくにたっぷりと釉薬を汲み、
大皿の上にすっと縦に釉薬を走らせる。
そして左に持つ大皿を手の平で
ひょいひょいと90度回転させるやいなや、
再び釉薬を縦に無為に走らせる。
すると大皿に十字にしたたる線が描きあがる。
これを焼き上げると、
躍動的で面白みある表情が出る。

これが流し掛けだ。

この潔く堂々とした方法こそ
濱田そのものだと私は感じる。

そしてまた、一見、
無造作に流し掛けた線であっても、
それがきちんと濱田庄司という
人間の器にかなった線が出る。

そこが芸術の面白いところだ。

ちなみに流し掛けを巡って、
濱田は「一瞬プラス六十年」というエピソードを
書き残している。

ある訪問客が、
これだけの大皿に対して、
たった15秒ほどの模様づけではあまりに速すぎて
物足りないのではないかとたずねたそうだ。

そのときの濱田の返答───

「これは15秒プラス60年と見たらどうか」。

……60年とは言うまでもなく、
濱田が土と戦ってきた歳月の長さだ。

方法やプロセスはその人そのものを写す。

方法やプロセスにかけた厚みこそ、
その人の厚みになる。

だから、私たちは安易に教わりすぎてはいけないのだ。
-----------------------ここまで-----------------------

さて『何が正義か』を問う
「ハーバード白熱教室」の
マイケル・サンデル教授の講義が
人気なのは、考えさせ、
本物を育てる講義だからではないでしょうか!?

ここでマイケル・サンデル教授の
「ハーバード白熱教室」を受けた感想が載っていた
2010年8月30日の朝日新聞から
引用させていただきますが
---------------------ここから---------------------
授業を終えて、学生たちは
「すごかった」「もっと話したい」と
興奮気味に話した。

1番目の質問で発言した
「アキラ」こと星野晶さん(23)は
岐阜県から早朝の鈍行列車で8時間かけてきた
公務員試験の予備校生。
「教授と一緒に答えを探し求めていく
スタイルが良かった」

多様な意見を聞き、
自分の考えが変わるところもあった。
「自分の変化に驚きました。
自信にもなった。
こんな授業が増えれば、
世界で発言する日本人が増えると思う」

身近な話題から、
哲学を考えさせる手法に関心が集まった。

東大大学院で教育を学ぶ
山辺恵理子さんは「普段の授業では、
考えを揺るがされることはあっても、
それで終わる」と話す。
「サンデル教授は現実的なレベルまで
話を進め、自分も気づかなかった考えを
掘り起こしてくれる」

何度も発言した「ケンジ」こと
早稲田大の3年生、早田憲司さん(21)は、
講義で手を挙げ続けた。

「どんな意見でもありがとう、と
受け止めてもらえた」。

そんな「場の空気」が、
「発言したい」気持ちにさせていたという。

「(内気な)日本人だから
対話型講義ができない、ということはない」。

政治哲学専門の小林正弥・千葉大教授は、
講義後のサンデル教授らとの座談会で、
そう語った。

小林教授は、今年、千葉大で
対話型授業を導入した。

はじめは数人した意見を言えなかったが、
最後には一斉に手が挙がるようになったという。

「日本の学生たちは○×式の
教育を受けてきて、
間違えた答えを言ってはいけない、と
感じている。
しかし、公共哲学に正解はないとわかれば、
参加度が高まる」

サンデル教授も
「ほかの人の意見を聞き、議論する。
それが民主的な市民社会を作ることになる。
全世界で一緒に議論していきたい」。
---------------------ここまで---------------------

日本でも試行錯誤の中から明るい兆しも
出始めていると感じた記事が
2011年1月1日の朝日新聞に掲載されていたので
引用させていただきます
---------------------ここから---------------------
答えは対話の中に
教えずに教える

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6年1組の国語の授業。

黒板に、暗号のような式が書かれた=右下。

話し合いの図だ。

子どもが、すぐに意味を解説する。
「話し合いは考えを増やします。
三つずつ考えを持った人同士が話し合うと、
考えは六つ以上に増えていきます」

北九州市立貴船小学校。
担任の菊池省三先生は、
子ども同士の意見のキャッチボールで、
どの子にも自信をつけさせる
「カリスマ教師」だ。

毎週のように参観者が訪れ、
講演依頼も絶えない。

十数年前、崩壊した学級を受け持った。
「こう言ったらどう思われるか」。
子どもたちは周りの反応を怖がり、
思いを口にできない。

まずスピーチを採り入れ、
考えを持つ大切さと、
伝える手法を教えた。

次は、ディベート。

賛否の立場を決め、
意見をぶつけあう訓練だ。

だが、「社会で生き抜くためには
何か足りない」と思い始めた。

言いっぱなしのスピーチでも、
言い合いのディベートでもない。


相手の意見に耳を傾け、
自分の中で消化し、
新たな意見を投げかける。

その繰り返しが、みんなを高め、
よい人間関係につながることを伝えたい――。

行き着いたのが、この授業だ。

この日は、原爆ドームの歴史をつづった説明文
「平和のとりでを築く」を読む授業だった。

全文で13段落ある。

「筆者が一番主張したい段落はどこでしょう」

黒板に1〜13の数字が書かれると、
子どもたちが一斉に黒板にかけ寄った。

自分の似顔絵カードを番号の下にはり、
意見を表明するのだ。

次は、同じ段落の答えの子同士が
教室の隅に集まり、
理由を言い始める。

5分後、今度は違う段落の意見の子と話す。

しばらくすると
「意見を変えた!」という声が
あちこちで上がった。

最後は、机を教室の真ん中に向けての
全体討論だ。

「核兵器を使わないでと言っているから
12段落でしょ」

「では、11段落で、平和を求める気持ちを
書いているのは、どう見るのですか?」

「11段落の平和も、12段落の核兵器も大切だけど、
もっと大切なのは、13段落の、
人の心の中に平和のとりでを築くことだと思う」

一人ひとりの声が重なり、
ふくらみ、響き合い、
みんなの学びとなって対話が自転していく。

先生は腕組みをし、
うなずいているだけだ。

教師の「教え込み」から、
子ども同士の「対話」へ。

その先に広がるのは、
新しい価値をともに創りあげる社会という未来図だ。

(後略)
---------------------ここまで---------------------

最後に2つ紹介させていただきます

1つ目は茂木健一郎氏が2011年6月1日に
連続ツイートした『東大とハーバードの差異』から
引用させていただきます。
----------------------ここから----------------------
昨日の東浩紀さんとの対談は面白かった。

東さんが、日本の知的状況に
深く絶望しているということがよくわかった。

ぼくも同じだが、抵抗して、
一人空気清浄機としてがんばりたいと思う。

諦めたら、おしまいだと思うからである。

日本人は、論理や言葉では動かない、
説得されないと東さんは言った。
ぼくも実はそのような実感を持っている。

それでも、諦めずに、理を尽くし、
説き続けるしかないと思う。

東さんには「政治的に正しいなあ」と
言われてしまったけれども、
私はあくまでも正攻法でいきたい。

東さんは本当に頭のいい人で、
日本の非常に困った状況が見えてしまっているのだと思う。
それで、東京大学の話になった。

私は、東大を解体的に改革するか、
ハーバード日本校のような強力なライバルを作るしか、
日本再生への道はないと思っている。

ここの議論が面白かった。

東大に入る人は、受験の偏差値エリートである。

しかし、そのことと、独創的なことをやる「才能」は
ほとんど関係がない。

東さんは、「それはそうだ」と認めた上で、
「しかし、東大生は事務処理能力が高い」と言った。

確かに、テクノクラートとしてはすぐれているのだろう。

東大とハーバードの差は何か? 

東大は、ペーパーテストの結果だけで
序列をつけて合否を出している。

ハーバードは、学力だけでなく、
全人格的能力を見る。

この価値観の差が、
子どもたちの教育や国の成り立ちにも広く影響を及ぼす。

ハーバードの方が、才能を見いだしやすい。

私の尊敬する友人の白洲信哉や市川海老蔵は、
あまり勉強をがしがしやるタイプではないから、
東大には入らないだろう。

しかし、ハーバードには入るかもしれない。

そのような大学があり、
子どもたちが幼少期からそんな環境で育つことが、
アメリカの文化の底力となる。

白洲信哉や市川海老蔵は、
ハーバードには入るかもしれないが、
東大には入らない。

この差異は東大や日本の将来にとって致命的である。

東さんの言うように、
事務処理能力の高いテクノクラートを生み出すことはできる。

しかし、そんな人たちだけでこれからの世界を切り開けるのか?

東浩紀さんは、友の会の運営などにおいて、
高い事務処理能力を持つ。

私が見ている前で、
ぱっぱと指示を出しているその姿は、
まさにCEOだった。

一方、類希な才能も持っている。

しかし、才能の方は、東さんが東大に行ったことと、
おそらくは全く関係ない。

才能は個性であり、生態学的地位である。

みんな違ってみんないい。

一方東大入試の基準は画一的で個性を圧殺する。

そこを目指して子どもの頃から塾通いするんだから、
救いがたい。

ハーバード日本校を作って、別の基準を示すしか、
この国の教育を再生する道はないとぼくは思う。
----------------------ここまで----------------------

そしてもう1つは
2012年1月29日の朝日新聞より
引用させていただきます
------------------ここから------------------
朝日求人
「編集しながら生きよう」
 藤原和博が語る仕事-4

無謀であっていい

アメリカの若者が選ぶ
多様な実体験

就職企業の人気ランキングで、
日本はやはり歴史のある大手が
毎年ずらりと並びます。

アメリカでは、グーグルやアップルのように
ベンチャーとして大きくなった企業が上位に並び、
その後に国務省、FBI、会計事務所、
さらには世界の若者支援、
地域活性化を目指すボランティア団体
ピースコープ、NASAと続きます。

そして毎年人気ランキングに
食い込んでくるのが、
NPO組織であるティーチ・フォー・アメリカです。

このティーチ・フォー・アメリカという組織ですが、
大学を卒業して就職が内定した若い人を対象に、
その企業の承諾を得て、
2年間ほど最貧地帯の子どもたちを教えるプロジェクトに
参加させてくれます。

エリートたちに、多様性と
一番厳しい現実を体験させて彼らの成長を促すわけですね。

本当に素晴らしい発想で、
僕はすぐ日本でも実現できたらいいと思いますが、
残念ながら日本では教職資格がないと
教育現場に赴くことができない。

しかし、どんな企業研修よりも、
自分の目で最も厳しい現実を体験し、
自分の力で何ができるのかを考えることは
人生に大きなインパクトと指針を与えます。

企業の一員となっても、
自分が果たすべき社会的使命について
いつも意識することになる。

こうして学んだ自分軸を
芯に据えられることが、
仕事をする本当の力になっていくと思います。

自分が仕事モデルを作る

では、日本で、あなたには何ができるか。

成長体験をお膳立てしてくれる
NPOは少ない現状ですから、
あなた自身が周囲の反対を押し切って、
思うところに進んでいくことです。

今の20代、30代にとって、
目の前を歩いている先輩はもうあなたのモデルではない。

会社から望まれたことや、
親が期待していることより、
自身の声を信じて
新しいモデルを作っていくべきだと思います。

そうしないと、10〜20代前半の人に
追い越されていくでしょう。

彼らは初めから従来型の就職を
してこないケースも多い。

例えばいきなりバングラデシュに飛び込み、
現地のハンドメード力を活(い)かしてバッグを作り、
日本でブランドを確立する人がいる。

また、日本の名物予備校のノウハウを持ち込み、
最貧地域でのビデオ授業を可能にして、
ダッカの最高学府に次々と入学させ、
「ドラゴン桜」を実現させている日本の大学生もいます。

親や先生たちが唱える安全便利な人生ではなく、
自分自身が夢中になれることを選んで、
グッとくる場所に飛び込んでしまう。

その方が納得できるんじゃあないでしょうか。

僕はよくゴルフに例えますが、
霧が晴れるまで打つのを待っているのではなく、
とりあえず打ってみろと言いたい。

どっちがホールなのか、
だいたいの方向は分かるのだから、
打って、ボールを探して、
また打ってみる。

失敗が多くても早くホールアウトして
次に挑戦することが大事なのです。

正解を探すのではなく、
試行錯誤を重ね数センチでも
進んでいく方がいい。

計算するより、一歩を踏み出せ、と。

振り返れば、まだ打たずに
風向きを測っている人がいるかもしれない。

それがあなたではないことを祈っています。(談)
------------------ここまで------------------

キリンビールの磯崎功典社長が
コーネル大学ホテル経営大学院に
1988年の夏に入ったのですが、

『理論が中心の日本の大学と違い、
(アメリカの大学は)すべてが実践でした』という経験談を
語っています。

もうそろそろ日本も
過保護な教え過ぎる凶育から脱却し、
『本物を育てる 〜教えない教え〜 』で
賢い人財を育成していく転換期に
きているのではないでしょうか!?

☆HAVE A NICE DAY☆

2013年9月13日 感謝をこめて黒ハート


posted by エンジェルアイ at 13:17| コーチング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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